vol.9 — 王家の谷・ワイピオ渓谷 —
ハワイアンにとってワイピオという土地は単なる美しい自然の場所ではありません。
そこは彼らの精神、文化、歴史に関わる重要な場所です。
コハラ山脈に降る雨によって谷の奥には滝が流れ、その滝が川となって海へと注いでいます。
ハワイ全島の中でも稀に見る肥沃な土地でした。
ハワイではアフプアアと呼ばれる土地利用システムがあります。
山の頂を頂点とし、扇形に海へと広がる土地を
ひとつのオハナ(家族同様の付き合いをするコミュニティ)とし、
その中で生活に必要なすべてのものを自給自足するエコ・システムです。
アフプアアの中では山から流れる水を利用し、
中腹でタロイモやバナナが栽培され、ふもとに人が住居を作り、海では漁が行われていました。
また他にはない豊かな土地ゆえ、古代ハワイアンの時代には
多くのアリイ(王族)が住んでいたため、“王家の谷”と呼ばれていました。
何世代にも渡って彼らはここで生まれ、生活し、命の炎を燃やし尽くしてきました。
実際、谷間の崖には王族やチーフの埋葬場所がたくさんあるといわれていますし、
神を祀って祈りの場としてきたヘイアウも谷の中にはあるようです。
身分の高い地位にある人の魂には強いマナが宿ると昔から言い伝えられていたため、
ワイピオには強力なマナがたくさん宿っています。
カメハメハ大王も幼少期はここで過ごし、カメハメハの家系が
代々戦いの神として崇めていたクーカイリモクの像を継承され、
将来は島を統治する立派な大人になると話していたといいます。
実際に彼は、1810年、このハワイ島だけでなく、
ハワイ全土を統一した偉大な人物となったのは周知の事実です。
キャプテン・クックがハワイ島にやってきた1778年以前には、
4千人から1万人がこの谷の中に住んでいたと伝えられています。
それまでハワイアンしか住んでいなかった土地に他の民族がやってきたのは、
1800年代後半のことです。
中国からの移民がまずこの地へ移り住み、大規模な稲作を始めるようになりました。
その後、多くの人たちがこの豊かな地を求めて住み着くようになり、
住民の状況、生活環境が変わり始めました。
一時期は学校、教会、郵便局など生活に必要な施設から、
他から来た人たちのためにホテルやレストランまであったようです。
しかし1946年、この平和なワイピオに悲劇が訪れます。
猛烈な津波が押し寄せ、この豊かな土地を飲み込んでしまったのです。
すべてはきれいに洗い流されてしまいました。
しかしこの土地に宿るマナのおかげでしょうか、誰一人命を落とす者はいませんでした。
その後、1979年にも再び大きな津波がワイピオの谷を襲いました。
この津波で多くの人が谷から出て行ってしまったといわれていますが、
犠牲となった人はまたしてもいませんでした。
この出来事はワイピオが聖地、パワースポットであり、
強力なマナによって護られている場所だといわれているひとつの証明でもあります。
いまでは人口50人ほどの小さな村です。
かつてのアフプアアの景観を維持したまま、
昔ながらのハワイアン・ライフを垣間見ることができる貴重な場所です。
ワイピオへ向かう道は想像を超える急な坂道です。
この土地を知らない人が車で入っていくことはできません。
歩いて入っていくことは許されていますが、帰りは当然急な坂道を歩いて登る必要があります。
海沿いにはブラック・サンド・ビーチや、雨が降った翌日などには、
映画『ウォーターワールド』に登場した海沿いの崖に落ちるカルアヒネ滝が見られます。
谷の中へ入っていくにはツアーガイドが同行する必要があり、
谷の中を巡るワゴンツアーや、馬に乗って巡る乗馬ツアーに参加するといいでしょう。
【Profile】
千田 育(せんだ やすし)
ALOHA ‘AINA CONNECTIONS主宰 。
『癒しのパワースポット ハワイ』(アールズ出版刊)シリーズ4冊を執筆。
モノで満足するハワイより、心に深く刻まれるハワイの魅力、自然からの学びや
ハワイアンの精神性などを人々に伝えるアロハ・コネクターとして活動中。●ALOHA ‘AINA CONNECTIONS
https://www.facebook.com/AlohaAinaConnections

























