イラストレーターのヒロ クメです。
茅ヶ崎で波乗りをやっていた頃からあこがれの場所だったハワイ。
そんなハワイに長年通い続け大好きなハワイアンミュージックやヴィンテージアロハシャツとの出会いなど様々なハワイを体感してきました。
【Hilo Kume 古き良きハワイを探す旅】では、僕の好きなハワイを長年撮りためた写真とともにお届けします。
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時代が変わっても美しいワイキキのサンセット
ワイキキでいちばん美しいサンセットが見られる場所は?と聞かれたら僕は即座にカイマナ・ビーチから見るサンセット、しかも夏と答えるだろう。
ワイアナエの丘に沈んでゆく夕日はワイキキのビル群をシルエットにし、素晴らしいコントラストを生み出してくれる。冬の夕日はこの場所から左手方面の水平線に移動するので、冬の季節はワイキキ・ビーチが正面の水平線に夕日が沈む絶好のサンセット・ポイントになる。
昔ここがサンスシー・ビーチと呼ばれていた頃、『宝島』の著者である作家のロバート・ルイス・スティーブンソンがハワイを訪れたとき、ここサンスシー・ビーチにあるコテージのホテル・サンスシーに6週間滞在していた。
そしてこの場所の素晴らしさに感動し「清らかな空気、美しく透明な海の水、美味しい食べ物、ワイアナエの丘に沈む天国のような夕日、古き予良き自然を愛する者がいるのなら、私はここ、サンスシーを勧めたい」という言葉を残した。
現在、このサンスシー・ビーチに建つニューオータニ・カイマナビーチ・ホテルの1階海側にホテル・サンスシー当時からあるハウツリーの木を囲むように「ハウツリー・ラナイ」という人気レストランがあり、サンセット・タイムはいつも予約でいっぱいだ。
スティーブンソンが滞在していた当時の面影を唯一残している場所だ。『宝島』の原稿はこのハウツリーの木の下で書かれたと言われている。
レストランのメニューの裏表紙には先に述べたスティーブンソンのサンスシーへの想いの言葉が記されている。
僕は彼が当時見たサンセットと今も変わらないサンセットを見ているかと思うと更にこのカイマナ・ビーチからみたサンセットが好きになってしまう。
カイマナ・ビーチの横に第一次世界大戦終戦記念の為のメモリアル・プールが忘れられているかのように今も存在している。
1929年このプールのお披露目で初めて泳いだのがオリンピック金メダリストでハワイの英雄と言われているデューク・カハナモクだった。そんな華やかな面影も今ではまったく感じられない。モダンな造りをしたプールの門越しに見るサンセットはノスタルジーを誘ってしまう。
日没後、次第に点灯し始めたオレンジ色のカラカウア通りのイルミネーションは空の色の変化とともにくっきりと目に入るようになってくる。
90年代初頭、フィリピンでピナツボ火山が噴火し、その火山灰の影響でハワイのサンセットが空一面紫色になった時期があった。
空、雲、海が紫色に染まり、ビーチの色までが紫色に映った光景はひと昔前の映画のセットのような感じだった。ほんの一時期だけの現象だったが、あの紫色の空は今でも僕の脳裏に焼きついている。
ワイキキの西端にあるカパフル・アベニューを渡り、カピオラニ・パークに一歩足を踏み入れると突然気温が変わる。涼しい風が体を吹きぬけ、夏の蒸し暑い日でも爽やかに過ごせるのだ。
カイマナ・ビーチ・ホテルのラナイで涼しい風に吹かれ、海に映し出されたワイキキの夜景を眺める時の心地よさは他のワイキキのホテルでは味わえないものだ。
わずかな距離だがワイキキを離れてカイマナ・ビーチで過ごしてみるのも良いと思う。
時代は変わっても、やはり僕もロバート・ルイス・スティーブンソン同様、ここサンスシーをお勧めしたい。
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Hilo Kume(ヒロ クメ)
80年代から古き良きハワイをテーマに写真を撮り続け、マウイ島ラハイナで見た幻想的で美しいフルムーンに魅せられたのをきっかけに絵画、イラストにおいてもハワイをはじめ‘熱帯の楽園’の世界を表現し続けている。
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