【Aloha Interview Vol.66】プロクライマー&カイトサーファー/鈴木英貴さん
- 2016/03/11

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世界のトップクライマーとして、海外を舞台に活躍してきた鈴木英貴さん。2001年、クライミングの撮影で訪れたオーストラリアでサーフィンと出会い、その楽しさに魅了されてハワイに移り住むことに。一昨年、日本に戻るまで12年間をオアフ島のノースショアで暮らしていた氏に、ハワイやカイトボーディング(以下カイト)の魅力をうかがいました。


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HLC プロクライマーとして活躍されていましたが、なぜサーフィンを?

――2001年、あるテレビ番組の撮影でオーストラリアへクライミングに行った時、撮影を手伝ってくれたオーストラリア人の学生にサーフィンに連れて行ってもらったのが始まりです。面白いなと思い、撮影が終わった後もオーストラリアに残り、彼にサーフィンを教えてもらったり、私が彼にクライミングを教えたりしながら1カ月ほど過ごしました。

その後、シドニーでもサーフィンを楽しんでから、当時住んでいたカリフォルニアのビショップへ戻りました。しかしサーフィンをやりたくて仕方がなくなり、その年の夏にサーフィンの本場、ハワイを訪れたのです。クライマーの友人が紹介してくれたサーファーの家にお世話になり、いろいろなスポットに連れて行ってもらいサーフィンに明け暮れました。

 

HLC カイトを始めたきっかけは?

――その時に訪れたオアフ島にあるノースショアのモクレイアビーチパークで、その頃流行しだしたカイトに出会いました。目の前で繰り広げられるジャンプに魅了されて、やってみることにしたのです。当時はオアフ島でも20人くらいしかカイトをやっている人がいなかったので、誰に教えてもらうでもなく、ビーチで引きずられて砂を食べたり、リーフにぶつかってけがをしたりしながら、1カ月かけて自力で乗れるようになりました。

 

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HLC ハワイに移住することになったきっかけは?

――それからカリフォルニアへ戻ってまたクライミングをしていたのですが、海に行きたくてどうしようもなくなって、2002年の4月にハワイに住むことにしたのです。その頃はまだ企業とクライミングのスポンサー契約をしていたので、風がよくない日はモクレイアビーチパークにあるクライミングスポットにルートを築いたりしていました。ハワイに移り住むことはごく一部の人にしか伝えていなかったので、当時のクライミング界では「英貴はどこだ?」「うわさではハワイにいるらしい」と騒がれていたようです(笑)。

 

HLC カイトの魅力は?

――サーフィンはパドリングをしなければならないので、うまくいっても1時間に4、5本の波にしか乗れません。その点カイトは40キロメートルくらいのスピードで海の上を自由自在に行き来できるので、うまくいけば1時間で20~30くらいの波をキャッチできます。それまでサーフィンをやっていた人も、次々にカイトをやるようになりました。スピード感があるし、ジャンプをはじめ様々な技がある。中学、高校時代に体操をやっていた経験があるので、三次元空間で行うバク宙やひねりなどの忘れていた感覚を思い出させてくれます。

 

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HLC ノースショアでの生活はいかがでしたか?

――ノースショア全体には温かな空気が流れている気がします。高校生くらいの男の子が父親と肩を組んで歩いていたり、小学校の校庭では先生が子どもたちを集めてスケートボードで波の乗り方を教えていたり。家族の仲がとてもよくて、休日はビーチでバーベキューやフラ、バレーボールをしている風景をよく見かけます。見ず知らず人でも目が合えば笑顔で挨拶し、話が始まり、時にはビールをいただくことも。35年に及ぶ海外生活でいろいろな国を見てきましたが、ハワイは特別。まさに地上の楽園だと思います。

ハワイには“Ohana(オハナ・家族)”という概念があります。一般的な家族という意味よりも広く、助け合う仲間という意味でも使われることがあります。そういう伝統が特にノースショアには残っていると感じます。ある時海で眼に大けがをして、2週間の療養が必要になったことがありました。その間友人達が無償で身の回りの世話をやいてくれ、お陰で一歩も外出することなく治療に専念することができました。また、冬の間、旅に行くために2、3カ月家を空ける時は車や家を貸し出したり売ったりしていたのですが、戻ってくる時にはまた車や家、家財道具を準備しておいてくれます。本当に温かい社会です。

 

HLC 今回日本へ戻ってきたのは?

――仕事の関係で2014年の11月に戻り、しばらく日本にいることになりました。子どもたちにボルダリングを教えたり、クライミング関係の雑誌に寄稿したりしていましたが、またハワイに戻ります。今後はハワイに半年、日本に半年くらいの割合で生活できたらと思っています。

 

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HLC 人生の大半を海外で過ごされてきましたが、今の若い方に伝えたいことは?

――クライマー、サーファーに限らず、どんな人でも、いくつになっても遅くはないので、日本だけにとどまらず、世界に飛び出して欲しいと思います。ハワイはもちろんそうですが、世界中で素晴らしい出会いが待っていますよ。

 

HLC ありがとうございました。

 

【Profile】
すずき・ひでたか 広島県生まれ。1980年代より全米で数々のルートを初登頂・開拓。2001年サーフィンと出会い、2002年オアフ島ノースショアへ移住。カイトボーディングのインストラクターなどを行う。2014年より日本へ一時帰国中。

【取材後期】
「クライミング界の王貞治的存在の鈴木英貴さんが、カイトボーディングに夢中にりハワイに住んでいた。しかも今は日本に滞在中」との情報を得、個人的興味丸出しでアロハインタユーをオファーさせていただきました。興味のあることは恐れずとことん追求する。そして、小さな世界にこだわらず、身軽にどこへでも飛んでいく。その姿勢に学ぶところがたくさんありました。

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エディター MACHA 趣味:山で奉納フラ

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