
ハワイアンの神“ティキ”と、海で生きる者のお守りとされてきた“ボーンカービング”を日本で制作し続けるアーティスト、神谷ハンセンさん。彼とハワイを結ぶものは何なのでしょうか。その文化観やアイデンティティー、スピリットなどをお聞きしました。
HLC ハンセンさんはボーンカービングの第一人者、故ジョージ・マイケル氏に師事されたということですが。
――彼との出会いは日本でした。ハワイでボーンカービングに出会い、日本に戻って取り組んでいるうちに、タレントのグラビア撮影などでも使われるようになりました。するとある日突然、彼が工房を訪ねてきたのです。「日本でボーンカービングをやっている男がいるらしいが、ちょっと見せてくれ」と。
HLC 驚かれたのでは?
――ええ。でも同時に、人が人をつないでくれているということを感じた瞬間でもありました。ティキ作りを始めたことでボーンカービングに出会い、私の作品が掲載された雑誌を持ってジョージを訪ねた日本人がいて、それを見た彼が私を訪ねてくる。もちろんジョージは著名な人なので、私は彼に出会う前から彼のことは知っていましたが。
HLC 「偶然の出会い」は、ホクレア号についても体験されたとか。
――2007年にホクレア号は、スターナビゲーションでハワイ島から横浜港にやってきました。そこに、ハワイの友人、マカナニが偶然に乗り合わせていたのです。彼はホクレア号に積んできた“カウイラ”という神聖な木を当たり前のように私に渡し、これで平和の神ロノを作って欲しいというのです。もちろん私は、彼がホクレア号に乗っていることは知りませんし、また彼も私が横浜に来るなどと知る由もありません。この偶然とは思えぬ出来事にも驚かされました。

HLC マカナニさんは、まるで未来に起こる出来事を知っていたかのようですね。
――そうかもしれません。スターナビゲーターやホクレア号のクルーたちは、文明を持たないことで人間力を研ぎ澄ましています。星が見えるのは晴れた夜のみで、1日のうちほとんどは星が見えません。自分が進む道を、第六感を使って進みます。時には船の上に大の字になり、うねりを呼んで方向を決めるのです。そのような中で暮らしている人たちは、簡単に人の心を読めてしまうのでしょう。
HLC そうなのですね。
――彼らは、自分たちの文化をきちんと取り戻そうとして、70年代からホクレア号をつくってきました。それまではアメリカ人として資本主義の波にもまれ、翻弄されてきた人たちが、です。その命がけになってやってきた姿を目の当たりにすると、何か考えさせられるものがありますね。私自身、日本古来の文化である武士道の考え方を大切にしたいと思うようになり、今は剣道の道場に週2、3回通い、居合いや刀の取り扱い方や所作を学んでいますよ。
HLC ところで、そもそもティキを本格的に彫ろうと思ったのは?
――ありえない話だと思われるかもしれませんが、ティキ作りを始めたころのある日、自分の彫ったティキが目の前で動き出したように見えたのです。これは何かを私に伝えているのだと思い、ティキのことをもっと深く知るためにハワイに向かいました。そこで、ハワイの四大神クー・カーネ・ロノ・カナロアについて学んだり、ハワイ島にあるプウホヌア・オ・ホナウナウ国立公園でティキ作りをしている方にも様々な話を聞いたりして、ティキの製作にもっときちんと取り組むべきだと思い至ったのです。
HLC ボーンカービングのデザインも独特ですね。
――基本的には、釣り針の形をモチーフにしています。ハワイにはかつて生贄の文化があったと言われており、その死者の骨を使って釣り針を作って漁をすると、死者が豊かさをもたらしてくれるという考えがあったようです。左向きにつけると、命をつり上げるという意味合いがあり、ウォーターマンや海に携わる人たちがお守りとして持つようになりました。自分もサーファーですが、サーフィンというのはライフスタイルであり、生き方そのもの。その流れでハワイにも訪れるようになったわけです。

HLC ハワイアンの文化にとても真摯に向き合われています。
――以前、ハワイアンの友人に言われたことがあります。「ティキもボーンもハワイアンだから作れるわけではない。日本人だから作っていけないわけではない。感じた人が感じたことをやればいい」と。その通りだと思いますが、やはり常に迷いはあります。ただ、作った物には魂が宿りますから、私の役割は、作品を買ってくれる人を徹底して豊かな気持ちにさせられるように仕上げることだと思っています。それがハワイアンの考えるアロハスピリッツであり、日本人の武士道のような考え方でもありましょう。お話してきたように、私の現在には、運命的な出会いが重なってきたわけですが、そう仕組まれてきたのだとも思っています。そろそろ50を過ぎたので、若い人たちにこういったことも伝えていきたいですね。
HLC ありがとうございました。
【Profile】
1960年生まれ。藤沢市在住。ハワイアンの神 “ティキ” を日本人のアイデンティティーを持ちながら彫り続けるアーティスト。07年にはハワイの伝統航海カヌー「ホクレア号」のクルー、アトウッド・マカナニ氏からの依頼を受け、ホクレア号の為に「平和の神ロノ」というティキを制作した。また、ボーンカービングの第一人者、故ジョージ・マイケル氏の意思を受け継ぎ、確かな技術と洗練されたデザインを守り、日本におけるボーンカービングの先駆者として湘南を中心に活動中。【取材後記】
ゆっくりと丁寧に、時には優しく微笑みながら自身のことを話してくださったハンセンさん。魂を込めて作られた物には魂が宿り、それを受け取った人にも気持ちが伝わるという。ティキを彫ることになったのも、ボーンカービングに出会ったのもたまたまであると言うが、彼の中にあるスピリットがハワイのティキを呼び、ボーンカービングを引き寄せたのであろう。ホクレア号のクルーたちのように、ハンセンさんにも、これから起こる出来事が分かっていたのではないだろうか。